若手インハウスのひとりごと

若手企業内弁護士の日々の仕事、勉強、法律のこと、今後のキャリアや業界のことを思うままに記すブログです。

厚労省不正統計問題の調査報告書に観る「他山の石」

さて、三者委員会調査報告書から「他山の石」を読み取ってみるの第1回です。

インハウスロイヤーは、組織に遍在する幅広いリスクに対応することが求められる(とというかそういう案件に噛んでかないといけない)仕事です。

やはり、組織の誤謬や病理が外部に現れてしまった、いわゆる「不祥事案件」に

対しては、積極的に感度を上げていく必要があります。そのような思いで、第三者委員会報告書から「他山の石」を読み取ってみるシリーズを本ブログで取り上げることにしました。

wakateinhouse.hatenablog.com

 

第1回目は、「厚労省不正統計問題」に関する調査報告書になります。

1回目:https://www.mhlw.go.jp/content/10108000/000472506.pdf

2回目:https://www.mhlw.go.jp/content/10108000/000483640.pdf

www.mhlw.go.jp

本件の調査に関しては、いろいろと言われています。

本ブログでは、

「①何が問題となったのか」、

「②このことから読み取れる『他山の石』って何か」

ということについて、勝手に、そしてできるだけシンプルに、ユニークな考察ができればよいなと考えています。

 

① 何が問題となったのか

【統計不正の全体像】

毎月勤労統計という、労働者の毎月のお給料や労働時間、正社員かパートかという就業形態ごとの毎月のお給料の動きを調べるための調査を厚労省がやっていて、ここで集められたデータを基にして、雇用保険や、労災保険船員保険、事業主向け助成金などの国民への具体的な給付金額が算定されていました。ところが、ある時期(平成16年)から本来定められた統計の取り方と異なるやり方で統計が取られてしまったために、今に到るまで、保険給付が過少に給付されてしまっていたという事態が発覚しました。

【個々の統計不正】

ア 法令上、一定規模以上(500人以上)の従業員数の会社については、全数調査をしなければならなかったのに、正規の変更手続きを経ることなく、抽出調査=サンプル調査に切替えてしまったこと。

イ サンプル調査が許容されていた調査項目に関しても、統計学上、サンプルから母集団を推計する「復元処理」を行って、全数調査と≒(ニアリーイコール)の数値に戻す必要があったにもかかわらず、この「復元処理」が適切に行われていなかったこと。

ウ 厚労省内部においても、本来、全数調査をしなければならないことや、適切な復元処理を行わなければならないことが長年認識されていたにもかかわらず、是正されずに漫然と放置されてきたこと。

以上、ア〜ウの行為が、統計法に違反する状態となっていたことが、問題視されることになりました。

【事後対応の失敗】

さらに、事後対応のまずさが事態の収集を余計にハードにしてしまいました。

エ 上記の問題が発覚した後、特別監察委員会なるものを立ち上げ、第三者委員会として調査を実施したものの、調査期間が極めて短かったこと(1週間程度)、調査に内部者が関与してしまったことで、中立性、独立性が疑われる調査が行われてしまいました。

オ 上記の形骸化した調査手法がマスコミによって批判され、改まって、2回目の調査が行ったにもかかわらず、すでに焼け石に水状態となっており、2回目の調査においても、その中立性や、独立性が疑われるメンバー構成となっていたために、結局、「ろくな調査を行っていないじゃないか!!」と余計に火に油を注いでしまいました。

 

② 他山の石を読み取る

【傍流部門にこそ不祥事の芽が根差す】

推察するに、統計部門の厚労省内における存在感やプレゼンス、どれだけ当該部門が重要視されていたのかという観点は、もっと検証されるべき部分ではなかったのではないかと思います。そのことは調査報告書では問題提起されていませんでしたね。

統計??なんだか、数字を集めて、統計的な処理を行って、小難しい計算をやっているようだけど、施策につながる提言はできない部署だよね、企画力のない部署だよね、という風潮がもしかしたらあったのではないか。

このような地味な部門って、行政に限らず、どの会社、どの組織においてもあると思うんです。つまり、ピカピカの花形部門があり、そこに追従しちゃう可もなく不可もない部門があり、建前上必要だからとりあえず設置された部門(傍流部門)があり、というピラミッド構造。

結局、メインストリーム部門で事故って実は起きにくいんですよね。

なぜなら、優秀な人材を貼り付けているし、予算も潤沢にあるので。

その真逆の傍流部門にこそ、必然的に、事故の因、すなわち、不祥事の芽が根付きやすいのではないかと思います。

したがって、自分が今いる組織全体を俯瞰して見た場合に、傍流となっている部門、すなわち、軽んじられている部門があるとしたら、実は、そこに経営上のリスクが溜まっているのではないか?

そういう目線で組織を見てみたときに、危なそうな部門があるのであれば、未然に手を打つということもできるのではないかと思います。

もっとも、これは歴代のトップがこのようなリスクをどのように評価しているか、あるいはどのように評価をしてきたのかという問題と同根であるため、一現場の責任者、担当者レベルの責任を問えばそれでことが収まる訳ではありません。報告書にはこのような視点での検討はありませんでしたね。

【当事者意識の欠落と業務分掌の繋がり】

毎月勤労統計は、統計法に定める「基幹統計」として行われるものです。基幹統計とは、以下のようなものとして総務省のサイトで説明されています。

総務省|国民生活と安心・安全|統計制度

国勢統計、国民経済計算、その他国の行政機関が作成する統計のうち総務大臣が指定する特に重要な統計を「基幹統計」として位置付け、この基幹統計を中心として公的統計の体系的整備を図ることとしています。平成29年4月現在、基幹統計は56統計あります。

つまり、基幹統計をどのようにするかという判断、設計は基本的に総務省が行うということになっているのですね。

加えて、そもそも統計法の所管は総務省とされています。

総務省は統計法を所管し、「公的統計の整備に関する基本的な計画」の企画・立案など、 統計及び統計制度の発達及び改善に関する基本的事項の企画・立案を担っています。

したがって、どこかで、そもそも統計実務って、総務省の仕事を厚労省が代わりにやってあげてるだけだよねという当事者意識の欠落があったのではないか。

理屈の上では、厚労省が毎月勤労統計を行わないといけないことになってるけど、本来これは総務省の仕事で、総務省だけではできないから、厚労省が代わりにやっているんでしょ?統計調査をどんだけ真面目に頑張っても、厚労省内で評価されることってないでしょ?という風潮がもしかしたらあったのではないかと想像します。この点についての深掘りも報告書ではされていませんでした。

つまり、総務省厚労省の基幹統計における業務分掌の問題です。

こんなこと、会社組織で考えてみると、ありがちな論点ですよね。

仕事の取り合い、押し付けあい、責任の押し付け合いという議論があり、

結果的に声の大きい人を擁する部門が勝つという笑。そのために、組織の「本来あるべき論」が徐々にずれていくという。

したがって、実は、総務省厚労省の統計実務における業務分掌や、コミュニケーションのありよう自体にも全く問題がなかったのかというと、仕組みや構造上の問題があったのではないかと想像します。

今は、統計不正を起こしたのが、厚労省であるため、厚労省サイドからこのような声を出すことはできないでしょうが、独り厚労省の機能不全だけを咎めるのではなくて、そのような仕組みや構造上の問題もあったという点を検証しないといけないのではないかと思います。

その意味では、調査のスコープを厚労省総務省とのコミュニケーションという点にまで広げる必要がなかったのかという点は検討に値するのではないかと。

 

 

【過大な工数とあるべき姿とのバランシング】

今回の不正行為の一つに、本来全数調査でやるべき調査を勝手にサンプル調査で行なっていたことが挙げられます。そして、なぜ、このようなことが行なわれてしまったかというと、実は全く理由がなかった訳ではなく、それなりの理由があったということが報告書には記載されています。

平成 16 年1月調査分以降、従来、全数調査で行われていた東京都の大規模事業所について抽出調査に変更された理由としては・ 東京都に大規模事業所が集中し、数も増加していることから、全数調査にしなくても、適切な復元処理がされる限り統計としての精度が確保できると考えていたこと
・ 一定の調査事業所総数のもとで、中規模事業所の精度を向上させるため、
その部分の抽出率を高める代わりに、負担軽減のために標本数が十分な大規模事業所を抽出に変更したこと
・ かねてより厚生労働省に寄せられていた都道府県や回答事業所からの負担
軽減の要望に配慮したこと などが挙げられる。

 まとめると、全数調査はやはり東京などの一部の集中地域では大変だ、また、実際の調査に対応するのは都道府県の担当者なのだから、一定の配慮をする必要があった等ことのようです。

そのため、厚労省も現場に配慮をし、全数調査の運用から、サンプル調査に切り替えてしまいました。しかし、この際に、本来は基幹統計の主管省庁である総務省の承認を得なければならなかったのですが、この手続きをすることなく、運用だけ変更してしまったというのが問題をややこしくしてしまったみたいです。

このように現場の工数と本来あるべき姿とが衝突することってままあります。この場合にどう適切に対応するのかっていうことは、まさしく経営判断ですよね。

例えば、法律やガイドラインが変わったから、今後はこういう運用をしなければならないと管理部門が現場部門にアナウンスした場合に、現場から反発が出る。無理だ!そんなの工数がかかって実現できっこない!

実際に手を動かすわけではない管理部門としては、現場にかかる負荷を配慮してしまい、結果、妥協の産物としての中途半端な運用だけが先行して、それが前例となってしまうことってそれなりにありそうです。このような場合に、十分に議論を尽くすことなく、安易に判断をしてはならないという教訓が学べるのではないかと思います。例えば、工数がかかるということだが、絶対にできないことなのか?人員を増やせば、対応が可能なことではないのか?人員増のコストは一部負担することができないか?という検討であったり、仮に運用を変更するのであれば、変更後の運用の妥当性についてしっかりと議論をした上で、正規の手続きを踏んでガラス張りの対応をしていくということで判断の妥当性を担保する必要があるということです。したがって、報告書にも、これらの議論を尽くしたのかどうかという検討や、仮に尽くせていなかったとして、尽くせないほどに、都道府県との関係値が悪化していたのかという点の検証や、これらの手続きを尽くすのが困難なほどに、当時の厚労省の統計部門全体にかけられた負荷が高く、他の業務で忙殺されていたのかどうかという点の検証もあってよかったように思います。

 

【まとめ】

このように見てくると、厚労省の不正統計問題って、
政治と行政の問題というハイレベルな図式化というとそうではないのではないか。
つまり、我々一般庶民が会社の中で日々遭遇する問題とあまり変わらないようにも思えませんか?
たまたま、官僚という行政の世界で、しかも、基幹統計という高度にデータの信頼性が求められる領域で起きてしまった不祥事であるがゆえに、熱い注目を浴びているに過ぎないというか。

本件について、政府や役人を責めることは必要かもしれませんが、

別に上記で見てきたようなことって、役人だからとか、政治家だからとか、そういうことが理由で起きているわけではないように思います。つまり、人間社会、限られたパイでしのぎを削り合う組織の中で、必ず起きうるであろう事象のように思われるわけです。

その組織の病理や弊害が、結果として、法令違反という形をなして、国家のレピュテーションリスクという現象に発展してしまったのではないかと。

 このような組織の病理や弊害に関して、明快な処方箋を与えてくれるお医者さんや専門家っていませんよね。

そして、この領域にこそ、純粋に法律だけではない、より幅広のリスクに対応することが求められ、加えて、その組織のことに精通しているインハウスロイヤーこそが当たるべきではないかと思います。そういう領域を切り開くためにも、今後も第三者委員会の報告書の勉強は続けて行きたいですね。