若手インハウスのひとりごと

若手企業内弁護士の日々の仕事、勉強、法律のこと、今後のキャリアや業界のことを思うままに記すブログです。

厚労省不正統計問題の調査報告書から読み取る「他山の石」

さて、三者委員会調査報告書から「他山の石」を読み取ってみるの第1回です。

インハウスロイヤーは、組織に遍在する幅広いリスクに対応することが求められる(とというかそういう案件に噛んでかないといけない)仕事です。

やはり、組織の誤謬や病理が外部に現れてしまった、いわゆる「不祥事案件」に

対しては、積極的に感度を上げていく必要があります。そのような思いで、第三者委員会報告書から「他山の石」を読み取ってみるシリーズを本ブログで取り上げることにしました。

wakateinhouse.hatenablog.com

 

第1回目は、「厚労省不正統計問題」に関する調査報告書になります。

1回目:https://www.mhlw.go.jp/content/10108000/000472506.pdf

2回目:https://www.mhlw.go.jp/content/10108000/000483640.pdf

www.mhlw.go.jp

本件の調査に関しては、いろいろと言われています。

本ブログでは、

「①何が問題となったのか」、

「②このことから読み取れる『他山の石』って何か」

ということについて、勝手に、そしてできるだけシンプルに、ユニークな考察ができればよいなと考えています。

 

① 何が問題となったのか

【統計不正の全体像】

毎月勤労統計という、労働者の毎月のお給料や労働時間、正社員かパートかという就業形態ごとの毎月のお給料の動きを調べるための調査を厚労省がやっていて、ここで集められたデータを基にして、雇用保険や、労災保険船員保険、事業主向け助成金などの国民への具体的な給付金額が算定されていました。ところが、ある時期(平成16年)から本来定められた統計の取り方と異なるやり方で統計が取られてしまったために、今に到るまで、保険給付が過少に給付されてしまっていたという事態が発覚しました。

【個々の統計不正】

ア 法令上、一定規模以上(500人以上)の従業員数の会社については、全数調査をしなければならなかったのに、正規の変更手続きを経ることなく、抽出調査=サンプル調査に切替えてしまったこと。

イ サンプル調査が許容されていた調査項目に関しても、統計学上、サンプルから母集団を推計する「復元処理」を行って、全数調査と≒(ニアリーイコール)の数値に戻す必要があったにもかかわらず、この「復元処理」が適切に行われていなかったこと。

ウ 厚労省内部においても、本来、全数調査をしなければならないことや、適切な復元処理を行わなければならないことが長年認識されていたにもかかわらず、是正されずに漫然と放置されてきたこと。

以上、ア〜ウの行為が、統計法に違反する状態となっていたことが、問題視されることになりました。

【事後対応の失敗】

さらに、事後対応のまずさが事態の収集を余計にハードにしてしまいました。

エ 上記の問題が発覚した後、特別監察委員会なるものを立ち上げ、第三者委員会として調査を実施したものの、調査期間が極めて短かったこと(1週間程度)、調査に内部者が関与してしまったことで、中立性、独立性が疑われる調査が行われてしまいました。

オ 上記の形骸化した調査手法がマスコミによって批判され、改まって、2回目の調査が行ったにもかかわらず、すでに焼け石に水状態となっており、2回目の調査においても、その中立性や、独立性が疑われるメンバー構成となっていたために、結局、「ろくな調査を行っていないじゃないか!!」と余計に火に油を注いでしまいました。

 

② 他山の石を読み取る

【傍流部門にこそ不祥事の芽が根差す】

推察するに、統計部門の厚労省内における存在感やプレゼンス、どれだけ当該部門が重要視されていたのかという観点は、もっと検証されるべき部分ではなかったのではないかと思います。そのことは調査報告書では問題提起されていませんでしたね。

統計??なんだか、数字を集めて、統計的な処理を行って、小難しい計算をやっているようだけど、施策につながる提言はできない部署だよね、企画力のない部署だよね、という風潮がもしかしたらあったのではないか。

このような地味な部門って、行政に限らず、どの会社、どの組織においてもあると思うんです。つまり、ピカピカの花形部門があり、そこに追従しちゃう可もなく不可もない部門があり、建前上必要だからとりあえず設置された部門(傍流部門)があり、というピラミッド構造。

結局、メインストリーム部門で事故って実は起きにくいんですよね。

なぜなら、優秀な人材を貼り付けているし、予算も潤沢にあるので。

その真逆の傍流部門にこそ、必然的に、事故の因、すなわち、不祥事の芽が根付きやすいのではないかと思います。

したがって、自分が今いる組織全体を俯瞰して見た場合に、傍流となっている部門、すなわち、軽んじられている部門があるとしたら、実は、そこに経営上のリスクが溜まっているのではないか?

そういう目線で組織を見てみたときに、危なそうな部門があるのであれば、未然に手を打つということもできるのではないかと思います。

もっとも、これは歴代のトップがこのようなリスクをどのように評価しているか、あるいはどのように評価をしてきたのかという問題と同根であるため、一現場の責任者、担当者レベルの責任を問えばそれでことが収まる訳ではありません。報告書にはこのような視点での検討はありませんでしたね。

【当事者意識の欠落と業務分掌の繋がり】

毎月勤労統計は、統計法に定める「基幹統計」として行われるものです。基幹統計とは、以下のようなものとして総務省のサイトで説明されています。

総務省|国民生活と安心・安全|統計制度

国勢統計、国民経済計算、その他国の行政機関が作成する統計のうち総務大臣が指定する特に重要な統計を「基幹統計」として位置付け、この基幹統計を中心として公的統計の体系的整備を図ることとしています。平成29年4月現在、基幹統計は56統計あります。

つまり、基幹統計をどのようにするかという判断、設計は基本的に総務省が行うということになっているのですね。

加えて、そもそも統計法の所管は総務省とされています。

総務省は統計法を所管し、「公的統計の整備に関する基本的な計画」の企画・立案など、 統計及び統計制度の発達及び改善に関する基本的事項の企画・立案を担っています。

したがって、どこかで、そもそも統計実務って、総務省の仕事を厚労省が代わりにやってあげてるだけだよねという当事者意識の欠落があったのではないか。

理屈の上では、厚労省が毎月勤労統計を行わないといけないことになってるけど、本来これは総務省の仕事で、総務省だけではできないから、厚労省が代わりにやっているんでしょ?統計調査をどんだけ真面目に頑張っても、厚労省内で評価されることってないでしょ?という風潮がもしかしたらあったのではないかと想像します。この点についての深掘りも報告書ではされていませんでした。

つまり、総務省厚労省の基幹統計における業務分掌の問題です。

こんなこと、会社組織で考えてみると、ありがちな論点ですよね。

仕事の取り合い、押し付けあい、責任の押し付け合いという議論があり、

結果的に声の大きい人を擁する部門が勝つという笑。そのために、組織の「本来あるべき論」が徐々にずれていくという。

したがって、実は、総務省厚労省の統計実務における業務分掌や、コミュニケーションのありよう自体にも全く問題がなかったのかというと、仕組みや構造上の問題があったのではないかと想像します。

今は、統計不正を起こしたのが、厚労省であるため、厚労省サイドからこのような声を出すことはできないでしょうが、独り厚労省の機能不全だけを咎めるのではなくて、そのような仕組みや構造上の問題もあったという点を検証しないといけないのではないかと思います。

その意味では、調査のスコープを厚労省総務省とのコミュニケーションという点にまで広げる必要がなかったのかという点は検討に値するのではないかと。

 

 

【過大な工数とあるべき姿とのバランシング】

今回の不正行為の一つに、本来全数調査でやるべき調査を勝手にサンプル調査で行なっていたことが挙げられます。そして、なぜ、このようなことが行なわれてしまったかというと、実は全く理由がなかった訳ではなく、それなりの理由があったということが報告書には記載されています。

平成 16 年1月調査分以降、従来、全数調査で行われていた東京都の大規模事業所について抽出調査に変更された理由としては・ 東京都に大規模事業所が集中し、数も増加していることから、全数調査にしなくても、適切な復元処理がされる限り統計としての精度が確保できると考えていたこと
・ 一定の調査事業所総数のもとで、中規模事業所の精度を向上させるため、
その部分の抽出率を高める代わりに、負担軽減のために標本数が十分な大規模事業所を抽出に変更したこと
・ かねてより厚生労働省に寄せられていた都道府県や回答事業所からの負担
軽減の要望に配慮したこと などが挙げられる。

 まとめると、全数調査はやはり東京などの一部の集中地域では大変だ、また、実際の調査に対応するのは都道府県の担当者なのだから、一定の配慮をする必要があった等ことのようです。

そのため、厚労省も現場に配慮をし、全数調査の運用から、サンプル調査に切り替えてしまいました。しかし、この際に、本来は基幹統計の主管省庁である総務省の承認を得なければならなかったのですが、この手続きをすることなく、運用だけ変更してしまったというのが問題をややこしくしてしまったみたいです。

このように現場の工数と本来あるべき姿とが衝突することってままあります。この場合にどう適切に対応するのかっていうことは、まさしく経営判断ですよね。

例えば、法律やガイドラインが変わったから、今後はこういう運用をしなければならないと管理部門が現場部門にアナウンスした場合に、現場から反発が出る。無理だ!そんなの工数がかかって実現できっこない!

実際に手を動かすわけではない管理部門としては、現場にかかる負荷を配慮してしまい、結果、妥協の産物としての中途半端な運用だけが先行して、それが前例となってしまうことってそれなりにありそうです。このような場合に、十分に議論を尽くすことなく、安易に判断をしてはならないという教訓が学べるのではないかと思います。例えば、工数がかかるということだが、絶対にできないことなのか?人員を増やせば、対応が可能なことではないのか?人員増のコストは一部負担することができないか?という検討であったり、仮に運用を変更するのであれば、変更後の運用の妥当性についてしっかりと議論をした上で、正規の手続きを踏んでガラス張りの対応をしていくということで判断の妥当性を担保する必要があるということです。したがって、報告書にも、これらの議論を尽くしたのかどうかという検討や、仮に尽くせていなかったとして、尽くせないほどに、都道府県との関係値が悪化していたのかという点の検証や、これらの手続きを尽くすのが困難なほどに、当時の厚労省の統計部門全体にかけられた負荷が高く、他の業務で忙殺されていたのかどうかという点の検証もあってよかったように思います。

 

【まとめ】

このように見てくると、厚労省の不正統計問題って、
政治と行政の問題というハイレベルな図式化というとそうではないのではないか。
つまり、我々一般庶民が会社の中で日々遭遇する問題とあまり変わらないようにも思えませんか?
たまたま、官僚という行政の世界で、しかも、基幹統計という高度にデータの信頼性が求められる領域で起きてしまった不祥事であるがゆえに、熱い注目を浴びているに過ぎないというか。

本件について、政府や役人を責めることは必要かもしれませんが、

別に上記で見てきたようなことって、役人だからとか、政治家だからとか、そういうことが理由で起きているわけではないように思います。つまり、人間社会、限られたパイでしのぎを削り合う組織の中で、必ず起きうるであろう事象のように思われるわけです。

その組織の病理や弊害が、結果として、法令違反という形をなして、国家のレピュテーションリスクという現象に発展してしまったのではないかと。

 このような組織の病理や弊害に関して、明快な処方箋を与えてくれるお医者さんや専門家っていませんよね。

そして、この領域にこそ、純粋に法律だけではない、より幅広のリスクに対応することが求められ、加えて、その組織のことに精通しているインハウスロイヤーこそが当たるべきではないかと思います。そういう領域を切り開くためにも、今後も第三者委員会の報告書の勉強は続けて行きたいですね。

第三者委員会報告書から観る「他山の石」

三者委員会報告書から観る「他山の石」

最近では、会社、官公庁、教育機関、スポーツ団体など、

様々な組織における不祥事(組織の病理)が話題になっています。

その度に、第三者委員会が組成され、調査報告書という形で世の中に公表されています。この領域は純粋な法律論というよりも(結果的に法律違反が認定されることも多いのですが)、むしろガバナンスや内部統制にわたる組織論、構造論、そしてそれらを論じる土台としての事実関係がメインのトピックとなっており、いわゆるリーガルリスクに留まらない、より幅広なリスク管理を題材とした領域です。

そして、いわゆる法的リスクに留まらない、組織内の様々なリスクコントロールの局面に関与しなければならない組織内弁護士としても、この領域についての知見を深め、いわゆる「他山の石」を読み取っていくことが大事だなと思い、今月から、この調査報告書をしっかりと読み込み、自分の言葉で批評し、インハウスロイヤーとしての仕事に活かせる何らかの「気づき」みたいなものを書いていこうと思いました。

三者委員会報告書格付け委員会

今後このブログで取り上げる報告書は基本的には、

「第三者委員会報告書格付け委員会」で取り扱ったものにしたいと思います。

 

www.rating-tpcr.net

この格付け委員会ですが、詳細は上のリンクに詳しいです。

また、色々なところで、取り上げられているかと思いますので、

簡単に紹介すれば、なんちゃって第三者委員会の、なんちゃって調査報告書が出回ったら、それこそ、組織の不祥事や病理がそのままになっちゃって、いろんなステークホルダーに迷惑かかっちゃうよね、それじゃ時間とお金をかけた意味がなくなっちゃうから、ちゃんと誰かがウォッチしようということで、立ち上がった組織だと思います。

 

おそらく、日本で一番第三者委員会の報告書を読んでいる先生方が取り上げるものなので、題材の選定としては間違いないんじゃないかなという思いと、色々と報道されている事件ばかりなので、資料に事欠かず、勉強の材料としても適切だなと思います。

 

なお、報告書自体は、すでに、委員の先生方により、またマスコミ報道などによって、一定の評価がされているものなので、私のようなペーペーが報告書の内容そのものを細かく吟味、評価することはできるだけ避けたいと思います。ただ、調子に乗って色々と書くこともあるやもしれません笑

記事としては、直近のものから遡っていこうかなと。

このお勉強から、何か有益な学びが得られるか、、自分自身未知数ですが、

なんとなく面白そうではあります。

ただ、報告書を読むのは非常に辛いので、このカテゴリはやめるかもしれません笑

次回、最近2回目の調査報告書が出て、早くも格付け委員会から「F」評価を下された

厚労省統計不正問題」に関する調査報告書に関して勉強していきたいと思います。

www.mhlw.go.jp

 

 

 

谷間世代への救済策について

本日は日弁連の臨時総会に行ってまいりました。

やはり、一番の話題は、第1号議案、谷間世代への日弁連からの給付金(一律20万円)の支給是非でした。

日弁連がやっていることって普段は正直あんまり興味がなかったんですが、

かくいう私も谷間世代の当事者でして、やっぱり気になったので、会社にお願いして行ってきたのです。

 

※ 谷間世代とは、司法修習生(司法試験に合格した人のうち最高裁により任用される法律家の卵のこと)の65期から70期の裁判官、検察官、弁護士のことをいいます。この世代は、1年間の司法修習期間の生活費を、国からの貸与(=借金)で賄わざるを得なかった人たち。64期までの修習生は、国からのお給料(ボーナス付き)という形で、修習期間を過ごすことができました。2011年の震災後、司法試験に合格した人のうち、ある特定の世代は修習期間中の生活費を強制的に借金という形で負わざるを得ませんでした。それまでの世代は何ら経済的な負担なく安心して修習に取り組むことができました(給費制を完全に排斥したのは民主党政権のときです。64期までは延長されていたんですよね、、)。このギャップを捉えて、「谷間」が生じているという問題意識から「谷間世代」というワードは出てきています。大体1ヶ月23万円の生活費×12ヶ月=300万円弱の借金を谷間世代は背負うことになっています。

 

議決がどういう結果になったとしても、受け入れようと思っていました。だって、その分自分が頑張ってそれに見合うキャッシュを獲得するしかないし、そもそもこの1回の給付だけで全部で300万円弱の借金を返済することはできないので。

私が興味を持ったのは、谷間世代ではない弁護士の先生方って、一体どのような考えを持っているのかな、この点について、どういう議論がなされるのかなという点でした。

 

総会自体は、12時半から始まったのですが、正味、質疑と意見交換の時間が長すぎて、議決権を行使する前に退場せざるを得ませんでした(15時に退出)笑

総会の内容としては1号議案から7号議案まであったのですが、結局1号議案の採決が行われたのは16時過ぎだったとか(その後7号議案までどうやって議事を進行したんだろう笑)。

私が会場にいた間ですが、特に66期(今年から返済が始まる人たち)の先生方を中心に、皆さん意見をされていましたね。

云く、

日弁連会長の谷間世代救済への意欲の低さ(会合に全然出席してくれないじゃん!!)を問題提起する人、今の谷間世代への対応は、国や日弁連から見捨てられたとして泣きながら話す人。

・お父さんの収入が不安定で、高校からロースクールまでの奨学金総額が1,000万円を超え、かつ、就職難だったために即独を余儀なくされ、即独費用にさらに400万円を借り入れざるを得なかった人。

・早口すぎて、議長から3回くらい質問を聞き返されていた人(こういう弁護士さんまだいるんだなぁぁ、てか何が聞きたかったんだろうww)。

・司法修習は阿片だ!直ちに廃止すべし!と叫んでいたおじいちゃん先生(すいません。何が阿片かよく分からないし、そもそもあなたも修習受けてますよね?ww)

などなど、色んなバラエティに富んだ先生方がいました(最後までいたかったな)。スピーカーに与えられる持ち時間って、一応、最初に2分から3分と明示されるんですが、基本皆さん5分以上は話してましたね笑。

 

そんなカオスな状況の中、理路整然と答えようとする執行部の先生方。

全部の質問に対して、非常に丁寧に返しておられた印象です。だって、質問1と質問2の切れ目がよく分からない質問もあるんです。それが5、6個あったりもする。それをよく分解して丁寧に答えたなという印象です。そもそもこの事態って、彼ら彼女らのせいで起こった訳ではないですよね。にも関わらず、できる限りの対応をされていたように思います。

 

なんか、このやり取りを通じてですが、本当に弁護士ってめんどくさい奴らだなと(もうちょい空気読めよと)。

しかし、ちゃんと皆さんご自分の意見を持って議論しているんですよね。良くも悪くも空気を読まないというか。忖度、忖度って言われているこのご時世で、まだまだこういう人らがいるんだな!というのが再確認できてちょっとほっとしてしまったというか。

そんなに長くいれないんだから、早く議決権行使させてよ!という感情もありつつ、もっと荒れろ!!という感情が両立するという、不思議な感覚。

 

結論として、第1号議案、すなわち、谷間世代に対して日弁連から20万円の給付が降りるという結論となりました。そのこと自体は、谷間世代の当事者として助かるなというのが正直なところです。

 

ただ、この問題、本源的な部分に立ち返ってみると、弁護士全体にとどまらず、法律家全体に共通する話なのではないかと思います。日弁連だけの責任ではなくて、裁判所、検察庁=司法のパワーや重要性が今の日本社会においてどの程度認められているのか?という話だと思います。

なんでこんな議論をしないといけないほどに法律家が追い込まれているんだっていう話です。給付の是非に関していえば、たかだか20万円の話じゃないですか。

そして、司法修習制度の話でいえば、たかだか年間1500人(最近の司法試験平均合格者数)の若手を公費で支えることの是非じゃないですか。このコストを単純に積み上げれば年間45億円のコストです。未来ある若手に45億円を振り向けるのって無駄なコストですか?もっと無駄な事業あるでしょう(きな臭い事業)。そんなのがある中で、未来の法律家にそれだけのコストを振り向けることってそんなにダメなことなんですか??ということです。

結局、日本という国は司法が弱いんです。政治力がないんですよね。

だから、リーガルの価値を皆理解できない。アメリカの弁護士のタイムチャージってどれくらいか知っていますか?

若手のペーペーでさえ、日本のパートナー以上に取っているということはざらです。

司法の政治的な力(パワー)がない→予算が取れない→若手が苦しむ→以下ループ。

これを解決するには、司法≒法治の価値を一般の方に小さい頃から理解してもらう必要があると思います。また、実際の社会においてやっぱり法律家って役に立つよなということを理解してもらう必要があると思うんですね。

まずは、「法教育」です。個々の法律の知識を知る必要はなくて、法律全体に現れてくる考え方のフレームを知ることってけっこう大事だと思うんです。例えば、三段論法、比例原則(目的手段審査)、原則と例外、事実と評価の峻別、手続保障、事実認定etc。これは、ビジネスをやる上でも必ず通過するフレームワークなんですよね(インハウスをやっていると非常に多くの実例に遭遇します)。この考え方のフレームに若い頃から体系的に慣れていると、法律家に限らず、面白い若者がたくさん出てくるんじゃないかなと。そして、この法教育を地方の若手の弁護士が主導して行う。そこに雇用が生まれるし、色んなケミストリーが生まれそうな気がします。つまり、司法の価値を分かりやすい形で社会生活に還元する活動です。

 

次に、法律家の職域拡大です。これは、法律家としての新しいサービスの提供も含むし、また、法律家が法律とは全く関係のない分野で活躍することで、逆に法律家の価値が上がるという方向性です。今までの先生方(むしろ司法修習制度自体そのものなのかもしれません)には悪いですが、過度に裁判実務にこだわりすぎていた嫌いがあります。裁判実務そのものは、大事なものです。そして、その価値はこれまで通りに維持されるべきものだと思いますが、それだけだと若手は食えなくなってきているんです。

例えば、いたるところに、隣接士業がいます。そして、資格すらない人は、手を替え品を替え「経営コンサル」という形で企業経営に入り込んでいるんです(結構なお金が出ていっているんですよ)。そこに対して、今までの先生方がどれだけ意識的にリーチする努力をしてきたかといえば不十分だったなと。裁判で食っていけないのであれば、ここに接近していくべきなのではないかと思います。弁護士はcounselといいますよね。要は相談役なんです。個別の法律を知っていることも大事ですが、法律の価値を理解した上で、あるべき/取りうる方向性へのアドバイスができる弁護士像、これが求められているような気がします。その意味でいえば、今までの先生方の業務への取組み、競合サービスへの認識が甚だ甘かったというようにも思われます。今後、人口減の社会に向かう中で、どういう価値を社会に還元するのかという話にも通じることではないかと。

 

法教育と、裁判以外の分野でのアドバイス業、これを軸に戦略を立てることが大事なのではないかなと思います。

 

 

 

 

組織内弁護士のキャリアパスその2

組織内弁護士のキャリアパスその2を

書きたいと思います。

 

② 法律事務所→インハウス

これも最近多いですよね。

キャリアチェンジする理由はいくつかあります。

 

ア 一般民事・刑事の市場規模が徐々にシュリンクしていく中で、けど、クライアントへのストレスはあんまり変わんない中で、もっと安定的な仕事ってあるんじゃないかっていう線。

 

イ がっつり企業法務やってる中で、もっとビジネスの人らと一緒にプロダクトを作っていく方が楽しそうだし、第一、このまま事務所の兵隊でいても未来なんてあるのか?っていう線。

 

ウ もともと弁護士にこだわりがなくて(法律は好きだけど)、自分もビジネスをやっていきたいという線。

 

もっと他にもあるでしょうが、ざっくり言えば上記のような理由なんじゃなかろうかと推察します。

 

ちなみに、昨日の日経夕刊に載っていた「弁護士、企業で武者修行」という記事、本職の社内弁護士からすると、「はぁあ??」という印象です。

www.nikkei.com

そもそも出向というインフラが用意されているわけですね。つまり、出向先という人脈を切り開いたのは彼ら自身ではないし、たかだか1〜2年、しかも出向者という立場で、帰ったら身分が保証されている人たちのどこが「武者修業」なんでしょう。

とりあえず、ビジネスに興味あります風な、この業界のことを知っています体の、有益なアドバイスできます!という役作りが大半です。

実際、大して具体的なアドバイスできないと思いますね。現場の人らと飲みに行ったこともない人が大半でしょうし、所詮、別の船に乗っている人らなわけなので。したがって、こういう人たちは今回の検討からは除きます。日経の記事ってこういうところあります。ジャーナリストをうたうのであれば、ちゃんと「現場」の人にヒアリングしましょう笑

 

では、本論に。

 

「先生と一担当の壁」

多分、法律事務所からのインハウスで一番戸惑うのが、コミュニケーションだと思います。事務所だと、難解な言葉やディティールに寄った話をしていれば、なんとなく誤魔化せることってあるんですよね。

しかし、それは現場の人には通用しません。もっと具体的で、レベル感を下げた議論じゃないと分からないんですよ。法律事務所のノリで、現場の人と会話した途端に、現場の人の頭の中には????マークがつきます。今までは、先生で誤魔化せていた部分が、通用しなくなるという壁です。

 

「肌感覚と意思決定」

また、社外弁護士には、会社の中にいるからこその肌感覚みたいなものが分からない。あのときのあの案件、この人のあの一言で、決まったんだよね/潰されたんだよねという背景事情です。どんだけ正しい意見でも、それって時と場合によっては通用しないよね。という歴史観とも言えます。

加えて、現場の人は、その意見が正しいかどうかよりも、誰が何をいったかということを重視します。つまり、関係値ができていなければ、どんなにいい意見でも採用されないということを自覚する必要があります。

こんなことは会社員としては序の口ですよね。

その波風の現場に立たされてこそ、初めて社内弁護士としての力量が試されます。そこを乗り越えるにはけっこうな時間がかかるんですよ。。

これを1、2年で押さえるのって本当にすごい人でないと無理です。なので、法律事務所→インハウスを考える人は、少なくとも2年はその会社で、下積みをすることを覚悟しないといけないのではないかと思います。

 

「争訟を踏まえたアドバイス

社外弁護士→インハウスのハードルって簡単なようでいて、けっこうそれなりにあるんです(まあ大したハードルではないんですが)。逆にいうと、上記の感覚の違いを乗り越えさえすれば、めちゃくちゃ伸びしろあるんじゃないかなと思います。やはり、「争い」という、ある意味、究極の肌感覚を知っているわけだから、アドバイスも、そこを睨んだ深みのあるものになりそうです。ただ、これは現場の事情をしっかりと踏まえていないと、かなりの確率で、ポカーン??な状況が生まれるリスクも孕んでいます。

 

「結論」

社内であれ、社外であれ、弁護士の仕事は事実関係を精確に押さえる!ということが肝です。

訴訟を知っているかどうかよりも、事実関係をどれだけ把握しているのか?そして、その事実に対する自分の評価がどれだけ的を得ているかという部分がやはり大事なわけですね。

その業界特有の「慣習法」をどれだけ自分の血肉にできるかどうか、それが「法律事務所→インハウス」の最終的な決め手になりそうです。

したがって、それくらいの「意気込み」というか「覚悟」のある社外弁護士であれば、かなりの確率で、インハウスとしても成功しそうです。いわゆる外様で、なんとなくビジネスを知りたくて出向している弁護士よりかは何倍も頼りになるでしょう。

 

次回は、最後、「組織内弁護士のキャリアパスその3」です。

組織内弁護士のキャリアパスその1

PayPayネタはもう飽きてしまいました。

(と思っていたらまた100億円キャンペーン再開したんですね。完全に体力勝負になってきた感じがします。このレッドオーシャンの先には何があるのかな?)

 今回は、組織内弁護士(インハウスロイヤー)のキャリアパスについて考えてみたいと思います(多分3回くらいに分けて書きます)。

 

弁護士大増員時代に入って以降、

最近はさまざまな多様なキャリアが生まれつつあるのではないかと思っています。

 ざっくり言うと以下の5パターンではないかと。

 

・インハウス→法律事務所

・法律事務所→インハウス

・インハウス→ビジネス

・ビジネス→インハウス

 ・ずっとインハウス

 

司法制度改革の錦の旗の下に、弁護士が大増員されたことで、

昔より若手のお給料は明らかに下降傾向にあります。

そんなに皆ラクではないと思う一方で、キャリアの幅は着実に広がっています。

そうならざるを得なかった部分が多分に大きいですが、

業界全体としては、キャリアのロールモデル、つまり、

選択肢がたくさん出てきたわけで、それはそれでプラスなことなのかなと。

そして、それは社会全体にとってもそうなのではないかと思います。

 

インハウス人口としては、肌感ですが、60期代後半の先生がかなり多いです。

この世代は、就職氷河期で、事務所が採用を絞っているところが多かった。

 今となっては、この道も悪くないとは思いますけど、

初めて社内弁護士に就職した当時は失敗した感が半端なかったですね。

やっぱり、法廷に立って、滔々と弁論するのが弁護士のイメージじゃないですか。

すごいクセが強くて、魅力的なボスの下で、ハアハア言いながら頑張るみたいな。

ただ、そんな格好いい仕事ばかりではないのが弁護士なわけですが笑。

弁護士の敵は、相手方ではなくクライアントという冗談がありますよね。

どうすれば、わがままなクライアントをコントロールできるのかという。

 

さて、業界別のインハウスロイヤーの人数でいうと、

IT→金融→商社(総合)の順でしょうか。

給料の高さでいうとおそらく逆で、

商社(総合)→金融(銀行、保険、証券)→ IT(GAFAはまた別でしょう)

の順だと思います。

メーカーは色んな会社があるので、これは会社次第と思います。

金融とITの間か、ITとどっこいどっこいみたいな印象です。

 

【組織内弁護士のキャリアパスその1】

→ インハウスからの法律事務所

インハウスからの法律事務所ってなんか大変そうというイメージがありましたが、

意外と成功している例を見聞きします。

所詮、会社の中で登りつめるのはかなり大変ですし、予算の少ない法務部門です。

現実的に天井(部長が役員に出世する見込み)が見えますよね。

そんな環境下で、ずっとその職場にいるのは若手インハウスにとってはあまりいい線とは思えません。だったら、なんかそれなりの専門分野を作って法律事務所に転職してしまいましょう(可能であれば自分で事務所を作ってしまいましょう)。

そっちの方が出世するよりはるかに儲かるんじゃないか!という話です。

ひと昔前までは、やっぱり事務所で修行しないと!みたいな流れがあったように思いますが、インハウスをそれなりにやっていると、そんなに違いって本当にあるのかな?というのが率直な感想です。

当然、すごく専門的な分野はありますし、そこは、社外の弁護士の領分ですが、最終的な判断とか、際のディティールの部分って、いろんな可能性がありすぎて、断定するのって専門家でも難しいですよね。つまり、具体的なリスクって何だっけ?そこに対して誰も保証できないけど、誰かが決めないといけないよねという部分です。

これは、法律の部分を離れた事実の収集と評価の部分、現場の肌感覚を知っているかどうか、その上で役に立つ意見を言えるかどうか(現場と上からの信頼)というところに収斂されるように思われます。

だからこそ、この現場の肌感覚を持った上で、専門性も持っている弁護士ってこれから重宝されそうな気がしていて、【インハウス→法律事務所】ってけっこう可能性あるんじゃないかなと思っています。

おそらく、今後たくさん出てくるんじゃないかなと思っています(すでにそういう例が出てきていますよね)。

 

次回、【組織内弁護士のキャリアパスその2】に続きます。

 

法務における資格の有無その2

年末に思いつきで始めたこのブログですが、何かを継続するのって大変ですね。

長年ブログをやられている方、、本当にすごいなと尊敬します。

 

さて、法務における資格の有無について。

前回は、1【人脈力=観察力】2【想像力=表現力】ということについて書きました。

 

wakateinhouse.hatenablog.com

 

最後は、3【仕事力=総合力】という点について。

もう、ここまで来ると、資格があるとか、ないとか、そういう話ではなくなるのではないかと思います。

 

「仕事力」、特にリーガル的な視点を強調してしまうと、めちゃくちゃ切れる頭と、抜群の法律知識と、案件をバンバンさばく事務処理能力。

議論になったら、聴衆を巻き込むような圧倒的な弁論の力によって、自らが思う方向にことを進ませていく。このようなことをイメージされている方がいるとしたら、それは違うのではないかと思います(いないとは思いますけど)。

当然、頭の切れ、正確な知識、高度の事務処理能力を持っているに越したことはありませんが、それではコトは動かないわけです。普通に、ごくごく自然に考えたら、こうなるはずだ!というセオリーがあったとしても、なぜだか知らないけれども、そのとおりにはならない。むしろ、そうはならないようにできている。

それが仕事というか、人間社会の妙というか、面白い部分ですよね。全く合理的な反応をしないわけです。

たとえば、ダチョウ倶楽部のネタでもありますよね。

押すなよ〜?押すなよ〜?って言ったら、他の二人が押してくれるじゃないですか。

押さなかったら、そのことを突っ込んでそれが笑いに変わる。そういうセオリーがありますが、しかし、それは「お笑い」という約束事の中だからこそ成立するわけであって、限られたパイの中で、仕事と評価とそれに見合うフィーを追求する集団の中では、機能しないように思えるわけです(お笑い芸人の中でも、この原理は同じだと思います)。

つまり、皆他人のことなんて興味ないんです。だって、自分が生きるのに必死なので、

そんな余裕なんてない。むしろ、他人がやっていることをサポートすることで自分が不利になるんじゃないか。この一言、一挙手一投足にはリスクがあるんじゃないか。

そういうようなことを恐れてしまうわけです。あるいは純粋に自分のことにしか興味がないのか笑

 

仕事には必ず相手が伴います。相手の立場や、理解力に価値観、自分との距離感、自身の存在感や相手に対する理解力、その他色々な要素があいまって自分の仕事を形作るわけです。たとえば、段取り、イメージの共有、自分が言いたいことを相手に伝えられるだけの準備、そのための人間関係の構築、この辺りの泥臭い、ヒューマンビーイングな仕込みが必要になります。

 より端的に言えば、上司を動かせるかどうか、同僚に理解してもらえるかどうか、他部署にも協力してもらえるかどうか、最終的に妥当な方向に周囲を向かわせるだけの見立てや確信を持っているかどうか。

つまり、コミュニケーション能力とそれを円滑に進めるための準備と気持ちに尽きるのではないかと思われ、これはライセンスの有無や、社歴の長短では決まらない仕事の本質なんじゃないかと思います(もっと言えばこれはAIには代替できない人間だけが使える能力なんじゃないかと)。

 ここまで見てくると、資格の有無ってあまり関係がないんですよね。転職の際の引き合いの多さや、採用における考慮要素にはなるかもしれませんが、実際にその組織に属したときの具体的なパフォーマンス、アウトプットという点では大差のない要素だと思います。

 

以上、法務における資格の有無についての考察でした。

実際の仕事力というところでいうと、本当に意味のない比較になってしまいましたね笑

無論、ライセンスを持っていることにはそれなりの価値があるとは思います。社外での人脈作りや、法的な紛争が起きたときに法廷の中に入れるかどうか(代理できるかどうか)という点で(インハウスが会社の訴訟代理をする局面はそう多くはないと思いますが)。

しかし、社外での人脈ということでいえば、別に資格がなくても、その裾野は広がっているわけです。特に、ロースクール制度が導入されて以降、ロースクール生の中でも司法試験に合格した人、そうでない人が出てきます。しかし、皆同じ時期に真剣に法律を学んだ仲間なわけです。だから、同級生が弁護士だったり、裁判官だったり、検察官だったり、パラリーガルだったり、法務部員だったり、行政の人だったり、そしてビジネスパーソンだったりするわけなので、足元を掘って見ると、意外にもネットワーキングには事欠かないのではないかと。

 

結局、その立場や経験、自らに与えられた役割を、どのように活かすかは個々人の振る舞いによるわけで、あと、20年、30年経ったときの、あるべき/ありたい自分に向けてどんだけ頑張ってるか、どんだけ知恵を絞ったか、ただただそこに尽きるような気がします。

 

だって、小学校しか出ていない田中角栄さんは日本の総理大臣になったわけじゃないですか。中学校しか出ていない松下幸之助さんは日本を代表する会社のファウンダーになったじゃないですか。彼らが持っていたのは、ライセンスでもなんでもなく、未来のあるべき自分や、ありたい理想像に向けて、日夜精進し、目の前の人に可能な限りの心を砕きながら、自分がやりたいことを着実に成し遂げようとする「意志」だったわけで。

それを考えると、また明日から頑張ろうっていう気持ちが湧いてきますよね。

 所詮、「はあ、、、月曜の仕事行きたくないや(*´-`)」という気持ちとの戦いだったりするわけで笑

PayPayキャッシュバックの景表法上の整理その3

仕事始めの週は、色々とモチベーションが上がらないですね。

ただ、昨日、12月にペイペイ支払いで購入した家電の入金があったので、

少しテンションが上がっています笑

私個人は、全額キャッシュバックに当選できませんでしたが、

この前、たまたま参加した飲み会で全額キャッシュバックに当選した人を見つけました。やっぱりリアルにあるんですね。安心しましたww

 ただ、色々なルール違反を理由に、キャッシュバックが取り消される例も多発しているようです。当然、このようなモラルハザードが起きうるであろうことは、キャンペーン前にリスクとして指摘されていたように思いますので、PayPay的には想定の範囲内なのではないかと思います。

もっとも、付与取消しに鬼クレームを入れるユーザーもたくさんいるはずですし、取消しが本当に正しいものだったのかどうか微妙な例も相当数出てくるでしょうから、その対応にかなりの工数がかかるのではないかと思います。

また、これにより、せっかく獲得したユーザーが一定数離れることが予想されるので、

キャンペーンの終わり方としては、少しもったいない気がしますね。

www.paypay-corp.co.jp

 

 

さて、ペイペイキャンペーンの景表法上の整理その3です。

 

前々回は、景品規制の概要を

wakateinhouse.hatenablog.com

 

前回は、20%キャッシュバックについて一応の整理をしました。

wakateinhouse.hatenablog.com

 

前回の結論としては、ペイペイ20%キャッシュバックは、景表法上の「総付景品」に該当し、10分の2ルールが適用されるということになりました。

 

今回は、なぜPayPayは、20%キャッシュバックについて「値引き」構成を

採用しなかったのかということについて(勝手に)想像してみたいと思います。

「値引き」構成で20%キャッシュバックを説明できるのであれば、

キャッシュバック率を決済金額の10分の2に収める必要がなくなり、

より高還元のキャッシュバック率で施策が打てたようにも思えるからです。

 

前回の記事では、値引きルールの構成について、ざっくりと述べましたが、

少しその詳細を見ていきたいと思います。

値引きルールを詳細に定めているのは以下の消費者庁長官の決定です。

「告示の運用基準について」(H26.12.01消費者庁長官決定

http://www.caa.go.jp/policies/policy/representation/fair_labeling/guideline/pdf/100121premiums_20.pdf

この決定に、以下のような記述があります(運用基準6(3)ア、イ)。

『次のような場合は、原則として、「正常な商慣習に照らして値引と認められる経済上 の利益」に当たる。

ア  取引通念上妥当と認められる基準に従い、取引の相手方に対し、支払うべき対価を減 額すること(複数回の取引を条件として対価を減額する場合を含む。)

(例 「×個以 上買う方には、○○円引き」、「背広を買う方には、その場でコート○○%引き」、 「×××円お買上げごとに、次回の買物で○○円の割引」、「×回御利用していただ いたら、次回○○円割引」)。

イ  取引通念上妥当と認められる基準に従い、取引の相手方に対し、支払った代金につい て割戻しをすること(複数回の取引を条件として割り戻す場合を含む。)(例「レシ ート合計金額の○%割戻し」、「商品シール○枚ためて送付すれば○○円キャッシュ バック」)。』

今回のキャンペーンは、ペイペイ決済を利用したユーザーに対して、一律20%のキャッシュバックをするということですので、支払った代金について「割戻し」をすることになります。なので、上記下線のイに当てはまりそうです。

したがって、あとは「正常な商慣習に照らして」OKといえるかどうかが問題になります。

この「正常な商慣習に照らして」という要件ですが、はっきりいって、どれくらいの割戻しであればOKなのかという明確な基準はありません。行き過ぎた「割戻し」が行われないように設定したバスケット条項的な縛りです。ただ、総付景品のルールが、10分の2であるため、10分の2ルールから余り離れないレベル感の割戻し(例えば、25%〜35%)であれば、「正常な商慣習に照らしても」問題ない気がします。

 

一方、上記の運用基準を読んでいくと、「値引き」に整理されない例として、以下のような記述があります(運用基準6(4)ア)。

http://www.caa.go.jp/policies/policy/representation/fair_labeling/guideline/pdf/100121premiums_20.pdf

ア 対価の減額又は割戻しであっても、懸賞による場合、減額し若しくは割り戻した金銭 の使途を制限する場合(例 旅行費用に充当させる場合)又は同一の企画において景品 類の提供とを併せて行う場合(例 取引の相手方に金銭又は招待旅行のいずれかを選 択させる場合)

本件についてあてはめてみると、20%キャッシュバックは、「総付」で一定の条件を満たせば、誰でももらえるものなので、「懸賞」には該当しません。

また、「使途の制限」についても、基本的には、ペイペイが利用できるお店であれば、キャッシュバックされたボーナスで商品の購入ができるため当たらなそうです。ただ、ペイペイを利用できるお店が、ペイペイ決済利用時に比べて激減していたような場合は、実質的にペイペイの使途が制限されてしまうので、こちらの要件に当てはまってしまう可能性はあります。もっとも、現時点では、ペイペイ決済が可能な店舗が激減したという情報はないので、ここはあまり問題にならないでしょうね。

同一の企画において景品等の提供とを併せて行う場合」、おそらく、値引きという整理を取らなかったのは、このルールが理由だと思います。

すなわち、今回のキャンペーンは、①20%の一律キャッシュバックだけではなく、②40分の1の確率で全額キャッシュバック、③20分の1の確率で全額キャッシュバック、④10分の1の確率で全額キャッシュバックという4本立ての企画から成り立っています。そして、後述のように②から④のキャンペーンは、「懸賞」に該当するので、割戻しの整理ができず、「景品」に該当してしまいます。

では、キャンペーン①から④「同一の企画」といえるかどうかという点ですが、消費者から見てどうか?ということが景表法の趣旨なので、「100億円あげちゃうキャンペーン!!」と銘を打った上で、スタートも終わりも同じタイミングのキャンペーンをやっている以上、一般の消費者から見れば①から④は当然に「同一の企画」ですよね。景品提供の分類は景表法上違うとしても。

ただ、キャンペーン①から④をそれぞれ別々のタイミングでリリースしていたのであれば(例えば1、2か月おきにリリースするなど)、異なる結論になったのかもしれません(一連の企画ではあるが、異時の企画として)。

しかし、それではキャンペーンとしてのフックが弱くなってしまいます。ちまちまと25億円還元を4回に分けるよりかは、まとめて「100億円キャッシュバック!!」とした方が消費者へのインパクト、話題性が強いのは明らかです。

 

以上のように見てくると、キャンペーン②から④を併用したことが、20%キャッシュバックを「値引き」整理しなかった理由であると推察できます。

ただ、「懸賞」を併用せずに、100億円全部を20%キャッシュバックに当てれば、「値引き」という整理ができたのではないかという疑問は残ります。

しかし、そうすると、キャッシュバックの原資全額をPayPay単独で用意しないといけないことになりますし、PayPay単独で囲っているユーザーには限界があるのに対し、親会社であるYahooやソフトバンクは多数のユーザーを囲っています。

これらと連携することで、キャンペーンを打つ面を大きくし、PayPayにユーザーを最大限取り込んだ方が100億円を投じる目的にかなうと思います。

 

以上から、景表法上の整理としては、キャンペーンを併用し、あるいは同時展開したために「値引き」整理ができなかったという結論になりそうですが、もっと突っ込んで考えると、キャンペーンを大きくするために、あえて「値引き」構成を採らなかった、そのようなビジネス判断をあえてしたのではないかとも推察できます。

以上が、PayPayが20%キャッシュバックキャンペーンにおいて「値引き」構成を取らなかった理由なのではないかと思います。

そして、キャンペーンの面や、フックを強く、かつ、大きくするために、あえて、単発のキャッシュバック率を上げる方向での「値引き」構成を採らずに、総付景品とその他の懸賞を組み合わせて訴求を強めるというのもキャンペーンの手法として効果的なことがありうるということが導けそうです。

 

「キャンペーン②から④の整理」

キャンペーン②は、一般懸賞、

キャンペーン③は、Yahooと共同で行なっているので、共同懸賞、

キャンペーン④も、ソフトバンクと共同で行なっているので、共同懸賞に分類されそうです。

そして、一般懸賞も共同懸賞も売上総額の2%から3%の景品でなければならないというルールがあるため、キャンペーン②から④がこのルールの枠内に収まるように調整する検討もされていたはずです。

もっとも、この売上総額は、キャンペーン中に、PayPay決済を利用した全ての総額を指すのか、個々のキャンペーンが適用される場合の総額を指すのかは、議論になりそうです。

この辺りの議論をどのように整理したのだろうかということは、次回(多分、ペイペイネタは最後です)またもや勝手に考えていきたいと思います。