若手インハウスのひとりごと

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CCCの炎上事件とプライバシー・個人情報について考える:その1

今年の初め、以下のような報道があり、炎上した件がありました。

蔦屋、Tポイントを運営するCCC(カルチュア・コンビニエンス・クラブ)が、

Tカード会員の個人情報を、令状がないまま捜査機関に提供していた件を受けて、

マスコミが一斉にCCCを叩いた一件です。

www.nikkei.com

mainichi.jp

 

www.asahi.com

 

さて、この問題、必要な手続きを踏むことなく、プライバシーに関わる個人情報を開示するなどCCCけしからん!!という単純な図式ではありません。

なぜかというと、CCCは個人情報保護法上は何も間違ったことはやっていなかったからです(この点については、後ほど詳述します)。

いわゆる「捜査」の必要性と、「個人情報/プライバシー」の要保護性の問題、換言すれば、任意捜査の限界の問題ともいえますが、より突っ込むと、「捜査機関の透明性」と「司法のリソース確保」という論点についても考えなければならない政策的な課題と考えます。

1 本件で一体何が問題視されたのか?

まず、日経新聞の報道によれば、一番に問題視されていたのは、

① 令状なく、会員の個人情報を捜査機関に開示していたこと」です。

加えて、

② 「捜査機関に会員の個人情報を提供することがある点を規約に明記していなかったこと」です。

このブログでは、上記の観点をもって、CCCを批判することが、果たして適切だったのかということを考えたいと思います。

 

2  令状なく個人情報を開示することの是非

(1)令状主義

日本国憲法上、「権限を有する司法官憲」が発付する令状なくして、強制的な捜索、差押えを行うことはできません(憲法35条)。

たとえば、「警察24時」とかのテレビ特番でよく見る光景があります。違法風俗店の営業や覚せい剤の違法所持などで、刑事が「ガサ入れだー!!」といって、店舗や家にドカドカ突入していくシーン。そして、予期せぬ来客に固まる容疑者一同。あれがまさに「捜索、差押え」です。そしてそのときに彼らが携えているのが「令状」、すなわち、「捜索差押許可状」になります。

この「捜索差押許可状」を発付することができるのは誰か?「権限を有する司法官憲」って何者か?警察署長でも、検察官でも、市長でも、知事でもありません。

「裁判官」しか、この令状を発付することができません。裁判官が、強制的な捜査をしてもよろしい!と認めた場合にしか、「ガサ入れ」はできないんです。その要件はそれなりに厳格です。だからこそ、朝っぱらから寝ている人の家に土足で上がり込んで、そこの住人を逮捕することができるんですね。市民の人権を大きく制限する、強度の高い捜査については、「司法」の適切なチェックを及ぼす必要があります。これを「令状主義」といいます。

 こう見てくると、「令状」って取るのがそれなりに大変なんです。嫌疑のかかった容疑者本人の自宅を調べるのであればいざ知らず、その事件とは全く関係のない民間企業に、単に情報があるかもしれないってことだけで、ドカドカ警察官が突入することができたら大問題ですよね。だからこそ、要件はそれなりに厳格です。

また、令状を使えば、日々業務に忙殺されている社員さんのパソコンを丸ごと取り上げることもできちゃいます。これじゃあ仕事になりません。だからこそ、お互いにとって弾力的な対応が期待できる「捜査関係事項照会」というものがよく用いられるようになりました。

(2)捜査関係事項照会と個人情報保護法

この「捜査関係事項照会」ですが、刑事訴訟法197条2項に以下のような規定があります。

 捜査については、公務所又は公私の団体に照会して必要な事項の報告を求めることができる。

つまり、「捜査関係事項照会」は、れっきとした法定の手続きなんですね。

もちろん、これは任意の手続きであるため、照会をかけられた企業は、警察に対して答えないということもできますし、答えることもできるわけです。

では、個人情報保護法上、捜査関係事項照会はどのように扱われているか?

個人情報をTカード会員から取得したCCCは、Tカード会員の同意がない限りは、会員の個人情報を第三者に提供することはできません。しかし、その例外として、保護法は以下のような規定を置いています。

一 法令に基づく場合
二 人の生命、身体又は財産の保護のために必要がある場合であって、本人の同意を得ることが困難であるとき。
三 公衆衛生の向上又は児童の健全な育成の推進のために特に必要がある場合であって、本人の同意を得ることが困難であるとき。
四 国の機関若しくは地方公共団体又はその委託を受けた者が法令の定める事務を遂行することに対して協力する必要がある場合であって、本人の同意を得ることにより当該事務の遂行に支障を及ぼすおそれがあるとき。

そして、刑事訴訟法は、れっきとした「法令」なので、捜査関係事項照会に対して、CCCがTカード会員の個人情報を提供しても、これは保護法上はセーフ、つまり会員の個別の同意がなくても認められる第三者提供だったわけです。

こう見てくると、個人情報保護法は守っていたのに、なぜCCCが叩かれなければならなかったのか?という疑問が生じます。マスコミは、「規約にそのことの明記がなかった」点を問題視しますが、果たしてその是非やいかんということを見ていきましょう。

3 規約への明記がなかったことの是非

 本年1月時点のCCCの会員規約は、Tカード会員の個人情報の第三者提供について、以下のような規定を置いています。※ 下線は筆者

5. 当社から第三者に対して提供される個人情報について
当社が、当社の連結対象会社もしくは持分法適用会社または提携先に対して提供する本条第2項に定める会員の個人情報の取り扱いは、以下の通りとします。会員は、当社が、以下に記載する条件に従って、本条第2項に定める個人情報を、下記(1)に定める提供先に対して提供することにつき、同意します。
(1) 提供先について
個人情報の提供先は、次の1)および2)に記載する企業に限ります。
1)当社の連結対象会社または持分法適用会社
2)第1条に記載する提携先
なお、当社または当社の連結対象会社もしくは持分法適用会社から個人情報の提供を受けた提携先が、更に第三者に対して当該個人情報を提供することはありません。

 

tsite.jp

つまり、個人情報の提供先について、連結対象会社、持分法適用会社などのグループ会社や、TSUTAYA店舗、ポイントプログラム参加企業などT会員向けサービスを提供する企業にしか提供しないと明言しているんですね。したがって、警察などの捜査機関に提供するとは明言していなかった点が問題なようにも思えます。

しかし、当然、CCCの規約を担当する部門でもこの点を明記するかどうかは議論になったはずです。法令に書いている例外要件をわざわざ規約に明記する必要があるのか?という点ですね。仕事柄、契約書や規約を書くこともままありますが、この点は結構担当者にとっては、省略するという判断もありうる部分です。

すなわち、ただでさえ長ったらしい規約や契約を書くわけなので、

法律とは異なる例外的な処理をする部分については、書いておく必要がありますが、法律通りの運用をすることを期待している場合、あえて書かないということもあります。なぜなら、契約に書かないということは法律通りにルールが適用されるということですし、そのことは法律を見れば分かるからです。つまり、当たり前のことを二重に書くのって仕事のやり方としてナンセンスじゃないか?ただでさえ長い規約のボリュームを増やすのってユーザーにも迷惑なんじゃないか?という感覚です。

例えば、レストランに行ったときに、「大声で騒がないでください。食事の際は、口を開けて食べないでください。麺はすすらないでください。」なんて注意書きがあったら、ちょっと引きますよね。そんなの当たり前でしょ。わざわざ書くことかよとお客さんは思います。お店もそのことを分かっているので、いちいちそんなことは書きません。それと似た感覚で、法律を見れば分かることをわざわざ書く必要はないのではないかということで、記載を省略するということは契約実務的にはありうる対応です。

したがって、おそらくですが、CCCの担当者も、捜査機関に提供することがありうるということをわざと隠そうとしたわけではなく、法律に書いているし、見れば分かることだから(少なくとも担当者にとっては自明のことであるから)わざわざ書く必要はないということで、明記を省略したのではないかと想像します。

当然、ユーザーの中には個人情報保護法を知らない、見たこともない人もいるわけです。むしろ、一般の方はそのような法律なんて見たことがない人がほとんどでしょうから、法令にしたがって捜査機関に提供することがありうるということを明記するということも必要だったのかもしれません。その意味では、CCCの規約は、親ユーザー的な対応ではなかったとも思います。

しかし、ユーザー自身、規約を見た上で、サービスを利用しているかというと、全くそんなことはありませんよね。逆にいうと、書いていれば何も問題はなかったのか?ということでもないですよね。

重要なのは、CCC内部で、どのような情報について、どのような手続きを踏んで、どのようなことに留意して、個人情報が提供されていたのかという点です。

非常にずさんなプロセスで開示していたのか、相応のプロセスを経た上で、開示していたのか?これが議論の焦点とされるべきでしたが、マスコミは単に令状がなかった点や、 規約への明記がなかったという形式的な点を捉えて騒ぎ立てただけで、報道を見る限り、本件の問題の本質には至れていなかったように思います

仮に、報道するのであれば、CCCがどのような対応をしていたのかを確認した上で、その対応の是非を報ずるべきだったのではないか?また、この問題について、独りCCCだけが槍玉に上げられるべきだったのか?捜査関係事項照会に頼ってきた捜査機関のあり方自体にも問題があったのではないか?という点についても報道して欲しかったところで、この点は残念でした。

 

次回、①全件に裁判官発付の令状を求めることが妥当なのか?という点、②捜査関係事項照会への対応として民間企業としてどのようなプロセスを踏むべきか?という点について考えていきたいと思います。