若手インハウスのひとりごと

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東京医科大入試不正問題の調査報告書に観る「他山の石」

さて、だいぶブログをサボってしまいましたが、また始めたいと思います。

三者委員会調査報告書に観る「他山の石」第2回目です。

 

0 東京医科大学入試不正問題について

今回は、先日、集団訴訟が提起された東京医科大の入試不正問題の調査報告書から「他山の石」を読み取ってみたいと思います。

訴訟の詳細は不明ですが、女性の元受験生が原告となり、「性別という本人ではコントロールができない属性を理由に不利に扱われた」点 を裁判で争うということが報道されています。

https://www.asahi.com/articles/ASM673WLXM67UTIL00M.html

実は、この問題、報告書を読み進めると、単なる性差別だけではないのです(もちろん性差別が大きな論点であることに変わりはないと思いますが)。報告書には男女差別以外の差別についても調査、記録がされており、なかなかに根の深い問題なのではないかということが伺えます。

 

1 一体何が問題だったのか?

性差別自体、甚だ不合理なものであり、そこに弁明の余地はないわけですが(本件における最大の問題点であることに疑いはないでしょう)、問題行為として報告書に記載されていたのはそれだけではありません。読み進めるうちに、本件の問題は、果たして、性差別をしたこと、それ自体に尽きるのか?と考えるようになりました。

報告書は、問題行為について、以下のように指摘しています。

① 属性調整=受験生がもつ「属性」によって、答案の点数を調整すること

具体的には、ア 女性を不利益に扱う点数調整と、イ 受験生の現浪の別または出身校により、浪人生または特定の出身校の受験生を不利益に扱う点数調整を問題視しています。

 ア 女性であることを理由とした点数調整

 一般入試・センター利用入試の「小論文試験」の点数について、男性に対しては加算点を3から5点プラスし、女性には加算点を一切与えないことで、女性の受験生に不利益な点数調整が行われていました。  

イ 受験生の現浪の別または出身校による点数調整

 一般入試・センター利用入試の「小論文試験」の点数について、男性の受験生のうち、現役生には高い加算点をプラスし、多浪の受験生には少ない加算点を付与することで、浪人生に不利益な点数調整が行われていました(現役には5点、一浪は4点、二浪は3点、三浪以上は0点)。

 また、男性の受験生であっても、大検出身者や外国学校出身者などのいわゆる普通の高校を出ていない受験生には加算点が付与されていませんでした。これもけっこうな話ですよね。色々な事情から普通の高校に行けなかった受験生もいるとは思うのですが、この属性の人たちも女性の受験生と同様に加点の対象とされませんでした。

 今後の裁判において、上記差別の合理性が争われることになるとは思いますが、こう見てくると、必ずしも女性だけが不利益に扱われていたわけではないことが分かります。男性の中でも、多浪の受験生、普通の高校を出ていない受験生は、加算点が少なく、あるいは、一切付与されないという形で、不利益な扱いをされていたことになります。

② 個別調整=トップからの指示によって、特定の受験生の答案の点数を調整すること

男女の別、現浪の別、出身校の別とは異なる何がしかの「属性」に基づいて、特定の受験生に対して大学トップ(報告書では理事長や学長とされています)から指示が下り、当該受験生の点数をプラス方向に調整していたことが報告書に触れられています。個々の受験生が持つ「属性」について、明確な事実認定はなされていませんでしたが、受験生の保護者が大学関係者であった、寄付をたくさんしてくれる人であった、というような「属性」が個別調整の動機となっていたことを報告書は匂わせています。

 報告書によると、平成25年から平成30年の試験において、少なくとも、51名の受験生に対して個別調整がなされたであろうことが認定されています(H25は12名、H26は2名、H27は13名、H28は7名、H29は11名、H30は6名)。もちろん、個別調整がされてもなお合格水準に満たなかった受験生はいるのでこの51名全員が合格点に達したというわけではなさそうです。

報道では、男女差別が騒がれていましたが、この調整も大きな問題ですよね。報告書は「個別調整」という言葉でお茶を濁していましたが、いわゆる「裏口入学」という言葉を使っても何ら不思議ではありません。この問題については、もっと追求されて然るべきだったと思うのですが、なぜか、そこまで喰いついていません。

 

③ 入試不正の背景と原因

さて、ここまで来ると、なぜ、本件のような点数調整がされてしまったのか?

大学はなぜそのような誤った判断をしてしまったのか?という点について知りたくなります。

この点について、報告書は以下のように記します。

今回の不正の背景には、東京医大の内部に、個別調整(繰上合格における問題行動等を含む)についていえば同窓生を含む特定の大学関係者の子息等を優遇することを許す土壌が、属性調整(合否判定会議における問題行為を含む) についていえば女性や浪人生に比べて男性や現役生を優遇することを正当化する思想が、それぞれ存在していたという事情があることが明らかになっている。

加えて、

当委員会がヒアリングを実施した多くの者は、大学病院を適正に運営するためには、医師国家試験を合格する能力を持ち、かつ、研修医として大学病院で継続的に勤務が可能な学生を東京医大から多く輩出することが必要との考えを前提に、経験的にみて、進級や医師国家試験の通過率が低い(と考えられていた)多浪生や医局に勤務した後に結婚や出産による離職率が男性に比べて高い女性の入学者を、できる限り少なく抑える必要があるとの認識を有していた。当委員会が理事、監事、主任教授を対象 に行ったアンケート調査でも、「女性が途中で出産などでいなくなると仕事がまわらなくなる」「現在の労働環境から考えれば女性医師が継続して働くことは難しい」「男性医師の数がある程度保持されることが望ましい」(いずれも原文のまま)というように属性調整に一定の理解を示す回答が複数の者からされた

 さらに、

このような思想が醸成されてきた背景の一つには、法人としての東京医大の 附属病院を含む経営上の都合が関係していることが疑われる。

すなわち、当委員会が直近の財務資料を確認したところ、東京医大の法人としての収益の大部分は、新宿[10東京医科大学病院]、八王子 [11東京医科大学八王子医療センター ]茨城県[12東京医科大学茨城医療センター]に所在する3つの大 学病院における収益で賄われていることが窺えた(なお、このような経営・財政状況は、大学病院を有する他の単科医科大学も同様と思われる。)。これらの 大学病院を運営する医局には、東京医大を卒業し、医師国家試験を通過した者 が研修医として多く勤務している[13例えば、平成18年度から平成29年度に新宿の大学病院に採用された臨床研修医 に占める東京医大出身者の比率は、前期研修で約8割、後期研修で約7割に上る]

として、入試段階から学生を間引いてきた主たる要因として、学校法人としての収益が大学病院の経営に依存していたことを述べます。

つまり、これは以下のような思想であるということです。

→ 学校法人としての収益の大半が病院経営に依存している。

→ 病院の職員の大半は東京医科大の出身者である。

→ 労務管理上、支障となりうる可能性のある受験生は事前に間引いておこう。

これは、もっともらしい論理に一見見えるのですが、以下に述べるように、組織に期待される様々な「顔」や「役割」を混同した結果、また、そのような役割や顔を適切に分散しなかったがために非常におかしなことになっているように思えます。

2 本件から学び取れる「他山の石」

(1)事業の多面性に応じた組織を構築しなかったこと

組織には様々な「顔」があり、それに応じた様々な「役割」があります。

東京医科大学も然りで、教育機関としての「顔」、地域に根ざす医療機関としての「顔」、それらを総合する学校法人としての「顔」を持っています。

教育機関としての「顔」は、可能な限り、優秀な学生を集め、レベルの高い教育を施し、次代の医療を担うお医者さん看護師さんを社会に輩出することです。

地域に根ざす医療機関としての「顔」は、患者さんに、できる限り質の高い医療サービスを提供し、そのために、病院で働くお医者さんや看護師さんが働きやすい環境を整えることです。

学校法人としての「顔」は、教育機関としての役割と医療機関としての役割がシナジーを発揮するよう両者をうまく調整しつつ、監督官庁などの外部との関係を適切に構築していくことです。

しかし、本件では、東京医科大が教育機関として果たすべき「顔」が軽視され、医療機関としての「顔」が前面に出すぎてしまい、今の時代、絶対にやってはいけない「男女差別」という明らかに誤った判断をしてしまいました。これはすなわち、教育機関としての機能と医療機関としての機能を、うまく統合するファンクションが東京医科大にはなかったということでもあると思います。

教育機関としては、とにかく優秀な学生を出来る限り採用すればよいわけです。そこに本来男女の差はないし点数を調整する必要はない。

また、医療機関としても、女性特有のライフイベントがあることは仕方がないわけですから、その場合に備えた組織を構築しなければならないわけです(簡単な問題ではないと思いますが)。そして、その相反しがちな両者のニーズを踏まえた上で、然るべきリソースを確保すべく、経営トップが奔走しなければならなかったのではないでしょうか。つまり、教育機関には教育機関のプロを置き、医療機関には医療機関のプロを据え、両者を統合する経営のプロが本来当たるべきだったのではないかということです。それら別々の機能がないまぜになった結果、男女差別という不合理な判断がなされてしまった可能性があります。特に、医局人事という慣行がある大学病院などでは、その傾向は顕著なのかもしれません。

しかし、このようなことは、会社組織でも起こりえますよね。

各事業が果たすべき役割と、その事業におけるステークホルダーは全く違うにも関わらず、その違いを違いとして意識することなく、ごちゃ混ぜにしてしまった結果、不合理な判断をしてしまうということが。

したがって、本件から学べることは、別々に分けるべきものはしっかりと分けて考える。そして、分けられた事業については、餅は餅屋で、専任の人に当たってもらう必要があるのではないかということではないかと思います。

(2)特定の人物への権限の集中があったこと

これは、上記(1)の裏返しの問題にはなりますが、入試と労務管理の問題をごちゃ混ぜにしてしまった原因は、両者を分けて考えなかったこと、つまり、本来別々の人が当たるべき両者の問題を同一人物が考えてしまったことなのではないかと思います。

本件で、個別調整をやった理事長や学長と言われる人たちがこの両者の問題を捌いていたようですが、本来はこの権限と機能を下の人間に分散させるべきだったはずです。にもかかわらず、そうしなかったというのが本件から学べることなのではないかと思います。

 (3)単なる内部事情や偏見を医療現場全体の問題に抽象化してしまったこと

 (1)と(2)と根は同じ話ですが、結局本件では、病院経営優先の施策が用いられてしまいました。報告書からは、経営の効率のためには、女子学生は少ない方がいい、浪人生は出来るだけ避けた方がいい、普通の高校を出ていない学生は避けた方がいいという思想が大学にあったことが伺えます。そのような差別をしなければ、適切なレベルの医療現場が維持できないという使命感のようなものがあったのかもしれませんね。

しかし、抽象的にはそのようなことが言えたとしても、実際にはどうだったのでしょうか。そんなに大事な医療現場を守るためなら、医療現場に不適格な人物を送り込んでしまいかねない「個別調整」を行う必要はなかったのではないかと思います。また、厳密な統計をとったわけでもないのに、女医はすぐに医療現場を去るからとか、浪人生や普通の高校を出ていない学生は、レベルが低いからという理由で、これらの受験生を不利益に扱っていたわけです。一方で、この受験生の親御さんは偉い人だからとか、寄付をたくさんくれるから、という理由で、優遇していたわけですね。よくよく考えると、単なる偏見や内部事情にすぎないにもかかわらず、全て、「医療現場を守るため」というお題目のもとに正当化しただけなんじゃないの?と突っ込んでしまいそうです。

このように、厳密に考えてみると、意外と根拠のない偏見や、内部事情というものが、「全従業員のための施策です!!」という抽象的な理屈にすりかわってしまうことって会社でも普通にありますよね。

そのような場合には、しっかりと、その施策を支える事実をつぶさに確かめてみる必要があるかと思います。その結果、不明瞭な答えが返ってくる場合、大体が「あの人が言ってたから、、」という返答になることが多いです。したがって、単なる内部事情や偏見は、一般的なお題目に抽象化される場合があるので、騙されないようにしっかりと事実確認をしましょうというのも「他山の石」として指摘することが出来ると思います。

 

以上、久しぶりのブログはすごく長文になってしまいました。。

 

 ※ 連続ものの報告書を読んだ感想

調査報告書を複数回に分けて出すときは、その差分をどこかに明示してもらうと、読み手には分かりやすい。

第1次はどこからどこまでが調査のスコープ、第2次はどこからどこまで、第3次は、、というように。

とっ散らかった事実を一つ一つ認定して、再構成する作業自体、鬼のように工数がかかると思うのですが、読み手は法律実務家ではない一般の方なわけですので、その辺りの配慮があると、もっと委員会として伝えたい意図がクリアに伝わるのではないかと思った次第です。

あえてサマリを見せないことでお茶を濁すという戦略もあるかもしれませんが、それは「第三者委員会」を謳うのであれば、やることではないと思います。だって、第三者が第三者に向けて報告するわけですから。